半導体競争の新たな局面:マテリアル時代への移行
近年、半導体は各国の産業競争力を左右する戦略資源としての重要性を増しています。チップ製造やサプライチェーンにおける競争が激化する一方で、次世代技術の進展には製造プロセスだけでなく、材料そのものが競争力を左右する「マテリアル時代」の到来が指摘されています。こうした状況下で、日本の国立研究開発法人物質・材料研究機構(NIMS)による基礎材料分野での成果が、新たな可能性として国際的に注目されています。
達博博士の画期的な研究と倉田奨励金
2026年5月8日、日立財団は倉田奨励金受領者へのインタビューを公式ホームページで公開しました。その中で、NIMSの主任研究員である達博博士は唯一の外国人研究者として紹介され、半導体電子ビーム装置分野における同氏の画期的な研究成果が重点的に取り上げられました。

倉田奨励金は、日立財団が1967年に創設した影響力の高い科学賞の一つで、地球規模の社会課題解決に貢献する中核的研究者を顕彰することを目的としています。達博博士は、この支援が研究者としての大きな転機となり、先端装置に用いられる主要マテリアル研究の成果を産業分野で採用してもらうための応用研究への発展を支えたと述べています。この支援を通じて産業界からの関心を得て企業との連携が生まれ、研究成果は米国の最大手半導体装置企業で実際に活用されているとのことです。

2025年の「日本科学技術週間」期間中には、日立財団が達博博士の研究成果を公式に対外発信する唯一の重点研究として選定しました。さらに、その研究内容は「かながわ経済新聞」でも特集記事として詳しく取り上げられています。

「回折電子光学」が拓く半導体装置の未来
現在の半導体チップ製造では、微細な回路パターンを描画するために電子ビーム装置が使用されています。これらの装置は複数の大型電磁レンズを用いて電子ビームの軌道を制御しますが、半導体プロセスの微細化が物理的限界に近づくにつれ、装置の大型化や処理効率の制約といった課題に直面しています。
達博博士は、この課題に対し、円柱対称の回転結晶が持つ特殊な電子作用特性を活用した「回折電子光学」という新たな研究分野を提案しました。これは、従来の複雑な電磁レンズではなく、結晶材料そのものを利用して高精度な電子ビーム制御を実現しようとするものです。このアプローチは、半導体装置の進化が、複雑な機械構造や電磁制御への依存から、材料自体が中核機能を担う「マテリアル主導型」の新たな段階へ移行しつつあることを示しています。
この研究成果には複数の利点があります。まず、巨大な電磁レンズシステムへの依存が不要となるため、装置の大幅な小型化が期待されます。次に、マルチカラム電子ビームリソグラフィ(MEBL)の処理効率を大幅に高める中核技術として注目されており、従来のマイクロホールアレイ方式が抱えていた電子損失や効率の低さといった課題を根本的に解消する可能性を秘めていると期待されます。
産業界への導入と今後の展望
2026年5月8日に公開された日立財団のインタビューによると、達博博士の関連研究成果はすでに米国の主要半導体装置メーカーに導入され、実用化されていると報じられています。今回の産業化が、インタビューで明らかにされた「回折電子光学」に基づく画期的な成果そのものであるかについては、現時点では確認されていませんが、この進展により、業界では同技術の将来性への期待が高まっています。
達博博士は、中国科学技術大学を卒業後、2013年にNIMSへ入所し、2019年には主任研究員に昇進しました。長年にわたりLam ResearchとNIMSの共同研究プロジェクトの責任者を務めています。これまでに、日立財団の倉田奨励金をはじめ、Lam Researchからの戦略的寄付、NIMSにおける最高栄誉である「理事長賞」など、数多くの賞や研究支援を受けています。また、日本の学術界からも高く評価されており、電子ビーム装置分野の第一人者である志水隆一氏(大阪大学名誉教授)は、達博博士を自身の研究の流れを継ぐ存在として評価しています。
物理的な限界に近づく半導体時代において、達博博士の材料イノベーションは、世界のチップ製造に新たな可能性を切り拓くことが期待されます。



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