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特集

千年王宮の池、夜に目を覚ます

慶州(キョンジュ)「東宮と月池(トングンクァ ウォルチ)」 — 新羅の王たちが宴を開いた宮廷庭園


韓国の古都・慶州(キョンジュ)。この街には、千年王国・新羅(シラギ/シンラ)の面影があちこちに残っています。なかでもひときわ美しい夜景で知られるのが、**東宮と月池(トングンクァ ウォルチ)**です。

かつて「雁鴨池(アナプチ)」と呼ばれていたこの場所は、月池(ウォルチ)の西側に位置する新羅王宮の離宮跡。王子が暮らす東宮(トングン)として使われたほか、国の慶事があるときや大切な賓客をもてなす際に宴が催された特別な空間でした。


王建を招いた歴史的な宴

東宮と月池は、ただの庭園ではありません。歴史の大きな舞台でもありました。

新羅最後の王・敬順王(キョンスンワン)は、後百済(フベクチェ)の甄萱(キョノン)の侵攻を受けたのち、931年に高麗(コリョ)の王建(ワンゴン)を慶州へ招き、窮状を訴えながら宴を催しました。古代王国の政治と外交が繰り広げられた現場が、今もこうして残っているのです。


統一新羅の王室庭園、その最高傑作

この池の歴史は、統一新羅時代にさかのぼります。

三国統一を成し遂げた新羅は、文武王(ムンムワン)14年(674年)に大きな池を造り、池の中央に3つの島、北側と東側には12の峰からなる人工の山を築きました。庭園には美しい花や木が植えられ、珍しい鳥や獣が飼育されていたと伝えられています。

ちなみに、歴史書『三国史記(サムグクサギ)』には臨海殿(イメジョン)に関する記録だけが残っており、この池そのものについては触れられていません。朝鮮時代の地理書『東国輿地勝覧(トングンヨジスンラム)』に「雁鴨池の西に臨海殿がある」と記されていることから、この場所が雁鴨池と推定されるようになりました。


失われた宮殿を取り戻す

長い歳月とともに、この場所は少しずつ傷んでいきました。日本統治時代には鉄道の敷設によって遺跡が大きく損なわれたことも。

しかしその後の発掘調査で、池の周辺から回廊跡を含む計26か所の建物跡が確認されました。1980年には、臨海殿と推定される場所を含む西側池畔の5つの建物跡のうち3か所と池が復元され、現在私たちが目にする姿へと生まれ変わったのです。


発掘が明らかにした新羅王宮の暮らし

この場所からは、数多くの遺物が見つかっています。

なかでも注目すべきは、宝相華(ポサンファ)の模様が刻まれたレンガ。そこには**「調露2年(680年)」**という文字が残されており、臨海殿が文武王の時代に造られたことを裏付けています。

また、碗や皿など日常使いの器も多数出土しました。墓から見つかる副葬品とは性格が異なり、実際に宮中の暮らしのなかで使われていたものと考えられています。


新羅王室庭園を代表する遺跡

臨海殿は離宮に属する建物でありながら、その役割はきわめて大きかったとされます。東宮と月池は、新羅の宮苑(苑池)を代表する遺跡として高い評価を受けています。

夜になると、ライトアップされた宮殿の建物が水面にゆらりと映り、静かで幻想的な風景が広がります。1300年前、王たちが宴を楽しんだこの場所で、旅人は千年の時に出会うのです。


釜山(プサン)から慶州へのアクセス

釜山から東宮と月池までは、日帰り旅行も十分可能な距離です。

<KTXが一番早い!> 釜山駅(プサンヨク)からKTXに乗ると、約30分で**新慶州駅(シンギョンジュヨク)**に到着。駅からタクシーで約15分で東宮と月池に着きます。

<バスでのんびり行くなら> 釜山から慶州市外バスターミナルまで高速バスで約1時間20分。ターミナルからタクシーで約10分です。


旅のワンポイント

慶州は主要な遺跡が徒歩圏内にまとまっているので、歩きやバスで巡るのがおすすめ。東宮と月池を訪れるなら、すぐ近くにある東洋最古の天文台 瞻星台(チョムソンデ) と、おしゃれなカフェやショップが並ぶ通り 皇理団キル(ファンニダンキル) もあわせて回るコースがぴったりです。

まちつむぎしんぶん